大判例

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広島高等裁判所 昭和56年(ネ)254号 判決

控訴人(原告)

大村義光

被控訴人(被告)

若狭国子

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人は控訴人に対し二八万八〇三四円及びこれに対する昭和五一年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一、二審を通じて八分し、その一を被控訴人の負担とし、その余を控訴人の負担とする。

この判決の金員支払を命じた部分は仮に執行することができる。

事実

一  申立

1  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し二三三万四九〇〇円及びこれに対する昭和五一年一月一〇日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。

仮執行の宣言

2  被控訴人

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

二  主張及び証拠

控訴人が甲第二〇号証の一ないし二三を提出し、当審における控訴人本人尋問の結果を援用し、被控訴人が当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、前記甲号証の成立(第二〇号証の三ないし一八、二〇ないし二三は原本の存在も含む。)を認めたほかは原判決事実摘示のとおり(ただし、原判決三枚目表七行目の「慢然」を「漫然」に改める。)であるからこれを引用する。

理由

一  控訴人主張の日時、場所において、控訴人被控訴人各運転の原動機付自転車が接触事故を起こし(本件事故という。)、控訴人が負傷したことは当事者間に争いがない。

二  本件事故における被控訴人の過失、控訴人の負傷の部位程度についての当裁判所の認定判断は、次のとおり訂正、付加するほかは原判決の説示(八枚目表一〇行目から一〇枚目裏一行目まで)と同一であるからこれを引用する。

原判決八枚目裏二行目の「進行方向からみて」の次に「緩やかな下り勾配であり」を加え、九行目の「講ずるも」を「講ずるとともに左に転把したが」に、一一行目の「の上を押し通つた」を「に接触した」に改め、九枚目表一、二行目の「証拠はなく、」の次に「右認定に反する原審(第二回)及び当審における控訴人本人の供述は信用しがたく、」を、同裏一行目の「一九号証」の次に「原本の存在と成立に争いない甲第二〇号証の一二及び一四、」を加え、九行目の「国立呉病院にて」から一一行目の「合併症と」までを「国立呉病院では当初右足循環障害に起因する右足関節痛と診断されていたが、昭和五二年一〇月一五日に腰椎椎間板症の合併症がある旨」に、一〇枚目表一行目冒頭から同行及び二行にかけての「発症しうるものであるが」までを「控訴人の右足甲に時速二〇キロメートルの加害車の前輪タイヤが接触したという極めて軽い加害態様である本件事故でも発症し得るものではあるが、しかし、控訴人が比較的高令で体質上血管が古くなりかけており、右接触は右障害を惹起する引金であつたとみられるものであるし、」に、同五行目の「原告の症状は、昭和五二年二月七日頃固定したが、」を「控訴人の症状は事故当時から余り改善されないまま昭和五五年一〇月一五日に症状固定と診断されたが、」に、九行目の「長拇趾伸縮力低下」を「長拇趾伸筋々力低下」に改める。

三  被控訴人主張の示談が成立し、右示談金が支払われたことは当事者間に争いがないが、前掲甲第一号証、第二号証の一、第四号証、成立に争いのない乙第一号証、原審証人若狭久吉の証言、原審及び当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果によると、右示談は被控訴人の夫若狭久吉が被控訴人の刑事責任が問題とならないようにするため事故当日控訴人と交渉し示談書(乙第一号証)を作成することによつて成立したものであること、示談において考慮された控訴人の負傷の程度は内出血を伴う右足背部挫創、右足関節捻挫で全治一週間程度という当日現在の医師の診断をもとにしたものであり、控訴人は負傷部位の痛みを特に感じていない段階であつたこと、被控訴人側は控訴人の日当三五〇〇円の一週間分(実働六日)は二万一〇〇〇円となるが道路が悪かつた事情もあるのでその半額の一万〇五〇〇円の金額を提案したのに対し、控訴人は右額に若干の増額を要求した結果一万五〇〇〇円の合意ができたこと、右示談書には控訴人は本件事故に関し右示談金以外の一切の損害賠償請求権を失い、後日本件事故が原因で異状が生じても一切の請求をしない旨記載されていること、被控訴人は事故当日右示談書作成後直ちにこれを警察官に提出したこと、控訴人は事故後二、三日して右足が痛むようになり、その旨警察官に申出たことから、警察の取調が行われるようになつたこと、事故から八日後の昭和五一年一月一七日に実況見分が行われたこと、被控訴人は同年二月一八日に検察官の取調を受けたが、その際、控訴人の治療費等は加害車両の強制保険金で支払うことに話合いがついているが示談書はこれから作るところである、と述べていること、被控訴人は控訴人の強制保険金受領手続に協力していることが認められる。

右事実によれば、右示談は事故当日損害の全容も充分把握できない段階で、控訴人の負傷は一週間位で治癒する極めて軽いものであり、治療費も殆んど要しないし、長期間就業に支障をきたすものではないものとして極めて小額で成立したことが明らかである。このような場合で、その後後記認定のような右示談額と比較にならない程大きな損害が生じたときは、右示談によつて放棄した損害賠償請求権は一週間程度内の損害についてのものであり、後に生じた損害の請求権まで放棄したものではないというべきである。よつて、控訴人は被控訴人に対して右後者の請求をなし得るものといえる。

四  そこで控訴人の損害について検討する。

1  治療費

控訴人が治療費四八万一一八〇円を負担したことは当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第八号証、弁論の全趣旨によつて成立の認められる第一三号証の三によると、右金額は昭和五一年一月九日から同年九月三〇日までの間に要したものであり、うち一〇万三三六〇円は昭和五一年一月九日から同年三月一〇日までの六一日間(診療実日数四九日)に要したことが認められるから、当初の一週間分は一万一八六〇円(10万3360円×7/61=1万1860円)と推認され、右額は前記示談によつて解決済みであり、その余の四六万九三二〇円が被控訴人に請求できる損害となる。

2  休業損害及び労働能力減少による損害

原審証人大村シゲ子の証言、原審における控訴人本人尋問の結果(第一回)とこれによつて成立の認められる甲第九号証の一ないし一〇によると、控訴人は本件事故当時石工や造船所の下請工として少なくとも月額一〇万円の収入を得ていたが、本件事故当日以後就業していないことが認められる。

しかし、前掲若狭久吉の証言及び被控訴人本人尋問の結果によると、控訴人は本件事故後まもなくから原動機付自転車を運転して通院したり、畑仕事などをしていたほか、昭和五三年一月近所で火事があつた際は家財を運びだしたり、焼跡の片付仕事をし、また、自己所有家屋のブロツク塀や車庫を作つたり、屋根や井戸の修理などもしていたことが認められ、右認定に反する原審証人大村シゲ子の証言及び原審(第一、二回)及び当審における控訴人本人の供述は信用できないところである。

以上の事実と前記認定の控訴人の年齢、治療経過(特に昭和五二年一〇月ごろから本件事故と因果関係のない腰椎椎間板症が合併症として存在し、右足循環障害も控訴人の体質に負うことが大であること)、後遺症の固定時期、後遺障害の内容程度を総合すると控訴人は昭和五一年一月一六日(右以前の分は前記示談によつて解決ずみであるから算入しない。)から五年間事故当時の月額一〇万円の収入の一四パーセントにあたる一万四〇〇〇円、右以後一二年間一〇パーセントにあたる一万円の割合による損害を被つたものと認めるのが相当であり、これによつて民法所定年五分の割合による中間利息を控除すると一六五万八七一四円となる。

(1万4,000円×12×4.3643)+〔1万円×12×(12.0769-4.3643)〕=165万8,714円

控訴人は休業損害と後遺症による逸失利益を分けて主張しているが、当裁判所は右各損害をあわせたものとして前記認定の範囲で理由があると認めるものである。

3  慰藉料

本件事故の態様、控訴人の受傷内容及び後遺障害の程度並びに前記認定のとおり事故当初一週間分の慰藉料については解決ずみであることを総合すると、その後の控訴人の精神的苦痛を償うべき慰藉料は七〇万円と認めるのが相当である。

4  損害の填補

以上1ないし3の損害合計は二八二万八〇三四円となるが、控訴人は自賠責保険金を合計二五七万円受領したことを自認しているので、これを控除すると残額は二五万八〇三四円となる。

5  弁護士費用

成立に争いない年第一六号証によると控訴人は本訴について弁護士に委任し手数料二〇万円を支払つたことが認められるが、前記認定の控訴人の損害残額を勘案するとき、被控訴人に請求できる弁護士費用の損害は三万円が相当と認められる。

五  以上の次第で、控訴人の本訴請求は前項4・5の合計二八万八〇三四円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和五一年一月一〇日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容し、その余は棄却すべきところ、原判決は右と相違するので右趣旨に変更することとし、民訴法九六条、八九条、九二条、一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 竹村壽 梶本俊明 出嵜正清)

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